zsupohs

るんるんりる

へそ天エリザベスカラー

  学生の頃は、その生活が消極的な態度を許してくれたから、怠惰な私でさえも、平凡な日常の繰り返しを孤独に乗り切ることに何ら苦はなかった。ただ今は生きる為には、働いて、生活費を稼いで、人間関係を良好に維持しながら、精神を病むことなく、無意味な生を生き切らなければならないという積極性で前向きな姿勢が必要とされている。そこでは消極的であったり、悲観的であったりすることは殆ど許されない(少なくとも精神病者や自殺者に対する世間の眼差しを考えると、私にはこう思えるのである)。

 学生の頃と社会人の頃とで変わらないものは、日常の平凡さである。ただ、社会人になって私に課せられる役割の多くは私の能力を越えたものであり、世間の普通の人程でもないだろうけれど、それなりに困難や挫折を感じることがしばしばあった。しかし、それらの役割は幸か不幸か、心を挫くほど激烈に暴力的でもなく、その耐え難い重圧ゆえに逃避手段として死を選ぶほどの深刻さもない。死を真剣に考えるほど追い詰められることはないけれど、このどっちつかずな状況によって、生きることにも死ぬことにも真摯になれないでいる。ただ気がついたら、人生という面倒な問題に当事者として巻き込まれていて、訳もわからないまま、当事者としての責任を求められている。

 どこかで聞いたけれど、一説によると、責任とは自身の自由な行為に伴って生じる務めらしい。だが、人生はその始まりからして不条理なものだから、なんでこの人生の責任を一から十まで負わねばならぬのかと考えないこともない。組織上で課せられる責任について言えば、その務めは果たさねければならないが、生きる上で課せられる責任って何なんだ……。つがいになって、子供を産んで、育てて、死ぬことならば、残念ながらその責任は果たせそうにない。

 単純に生活に面白さ、興味深さがない。今読んだ本に、興味深いとは一見主観的な形容に見えるが、その実は客観的であり、物事の複雑さや深刻さに比例して興味深さも増してくるという。一言で言えば僕はバカなので、複雑な事柄や深い問題について理解が及ばない。何とか興趣を感じ得ようとしても、中々難しく、これが興趣であると理解することまでは可能だが、本当の面白さを体感できることがない。いや、一時的に情動が突き動かされることもありますが……これはナンセンスだという考えが常に片隅にあり、本当に楽しめない。人生楽しくないですよね。懲役40年という皮肉が皮肉じゃなくなってきた気がします。

 といいつつ、最近になって再び、一部界隈でカルト的人気を誇る女児向けアニメ・アイカツ!を視聴し始めている。大体25話まで見終わったところである。話のスタイルは子供を対象としたアニメらしく、一貫して教訓的で前向きな話が続き、穏やかじゃない空気が殆どないユートピア的世界が展開されている。特に、降りかかる苦難やチャンスに対して果敢に挑戦していく星宮いちごの天真爛漫な姿を観るにおいては、毎回思わず涙せざるを得ない。アニメ全体の話の展開も、現在放映中の女児アニメ・プリパラと比べると、破天荒さやその場の雰囲気によるゴリ押し等が全く存在せず、極めて論理的で美しく構成されている。そこには理性の光というか、真理に対する明快で真摯な姿勢が示されており、合理的で適切なプロセスを踏んでいけば必ず真理へ辿り着けるという確信に満ちた雰囲気が全体にあるように思える。ここで真理とはトップアイドル、神崎美月(≒神)のことだと思われる。勿論アイドル全員が適切なプロセスを踏める訳ではないだろうが、いわゆる「正しい努力は正しい形で報われる」という思想が背景に感じられると私は個人的に思うのである。実に元気づけられるアニメである。20話からは藤堂ユリカという個性的なアイドルが登場しているが、私は彼女のキャラクター性が非常に好きである。益々今後が楽しみである。

 ところで、私が女児アニメを観始めたキッカケを考えたけれど、それはtwitterでフォローしている人のアイカツに対する愛に対して、不可解さを感じつつ興味を覚えたからだと思い出した。その人はある種魅力的な人だったが、その魅力的な人物がハマる女児アニメとは一体……。そこで女児アニメとして当時土曜日に放送されていて視聴可能だったプリパラを観始めたのである。