zsupohs

鬱みたいな日記

ヒトの心は難しいですか?

休日がやってくるたびに、はてこのどうしようもない自我は何をしたら喜んだり、楽しんだりしてくれるんだろうかと思案するものの全く見当が付かないまま時間が溶けてゆくこの繰り返しの日常に、私はすっかり厭気が差している。心に自然に発生する悲しみや憎しみ、妬みといった負の感情に比べて、この人生には喜びや楽しみの発生率が遥かに少ない。主観的に見る限りなぜ私の人生は他の人間と比べて喜びや楽しみが少なく苦痛を感じる度合いが高いのかということについて、ここ数年の間考えていたが、往年の奇行や現状の無能を鑑みて、それは私の脳器質におそらく欠陥があるのであろうという結論に達した。

ところで、ちまたで人生の不遇を嘆いている者がおよそ孤立とはかけ離れているのは何故なのだろうか? これは人間の最も汚い感情である嫉みであり、こういうことを述べるのは本当にみっともないことだと自覚しているが、言わざるを得ない。配偶者がいたり、恋愛をしたり、十分な関係を保持していたりするのに自身の人生を不遇だと思っている人間には失笑せざるを得ない。不幸中の幸いに、孤独という人生最大の貧困を体現している人間はネット上にちらほらいるものの、彼らはその仕打ちから、大抵心に激しい歪みを生じているか、或いは発狂している為、彼らの苦悩が正当なものとして顧みられることはない。彼らは他の人間からふんだんに軽蔑され、嘲笑され、存在を侮辱されているため、自己肯定感が皆無であり、息をするように自己卑下の念を抱く。その態度がますます彼に対する軽視を促し、彼は負のスパイラルに陥っていく。それを断ち切るにはまさしく他者による無条件の愛が必要なのである……でもそんなものはない。ない。

自己欺瞞はもう嫌だ。せめて負の感情にだけは誠実に向き合いたい。こういう時かばんちゃんならどうするか?ということを考えればいい。わかんないや!!!!沿いも一日ばんがる沿い!!!!!