zsupohs

鬱みたいな日記

10月8日のお気持ち

今日はいつものように、Netflixで映画を観たり、ゲームをしたり、ネットを徘徊したりすることに一日の大半を費やした。やらなければならないかもしれないことは多くあるけれども、やる気が出ない。どうせやってももうどうにもならないんだろうな、みたいな諦めが強い。平日では時間を決めて「一般的に有意義と考えられること」に取り組むようにしてはいるものの、最近はなんとなく効率性や集中力が落ちてきて、身になっていない気がする。どうも意志を持って物事に取り組むことができない。もうどうにもならないという気持ちが先行して、物事に真剣に取り組めなくなってきているのだろうけれど、その気持ちをどう解決すればいいのかがわからない。だから、平日はまだ仕事(と言えるほどでもないカスみたいな作業)の延長線上で気持ちをごまかして何とか取り組めるものの、休日は本当に「一般的に有意義と考えられること」が何一つできない。

この毎日がこれから何年も続き、日が経つにつれてごまかしが一つ一つ剥がれ落ちていって、もはや本当にどうにもならなくなる決定的な日がいつか来るんだろうなという不安でいっぱいである。今何かをすることでそれを避けられるのなら、それに全力に取り組みたいが、何をしたらいいかわからない上、もう時期を逸してしまったんじゃないかという後悔の念がある。何もかも気づくのが遅すぎる。人生でどれくらい早めに気づくかで決まってくる。自分は気づけなかった。

劣等感がある。学生時代、自分は興味があると思い込んでいた専攻で、しかし実はなんの興味もなかったと入学してから発覚した専攻について怠慢であったことにすごく劣等感があるので、それについての本を今日改めて少し読んでみた。なんて無意味な研究なんだろう。こんなことが本当になんの役に立つんだろうか。王朝国家という歴史概念の成立の基本指標の一つに公田官物率法の成立があるなんてどうでもいいんじゃないか。でも歴史への愛着はアイドルオタクの推しアイドルへの愛着と同等なもので、同好の士の間で好んで楽しめればいいのかもしれない。それが、かつて嗣永桃子というアイドルがいてね……みたいに語り継がれて、一般にも興趣の対象として浸透すればいいのかもしれない。ただ自分は楽しめなかった。

 明日は出かけよう。